アンピール様式の家具について

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アンピール様式の家具

レカミエ夫人、アンピール、.jpg18世紀後半になると、考古学的研究に啓発されたデザインを使用することがふえ、イギリスでもヨーロッパ大陸でもそうした影響をうけた家具が製作されるようになる。考古学的な研究成果を強調することは、新古典主義の第2の局面を特徴づけるもので、最初ナポレオン皇帝の所業と関連してはじまったことから、これをアンピール様式とよんでいる。

古代ローマ風に家具をデザインする傾向は、フランス革命(1789~99)以前からあったが、ナポレオンのデザイナーであったシャルル・ペルシエ、ピエール・フランソワ、レオナール・フォンテーヌたちはきわめて革新的であった。彼らの家具やインテリアのデザインをあつめた本が1801年にパリで出版されている。また1796年の初頭には、ペルシエやフォンテーヌによって啓発されたデザインを収録したラ・メサンジェールの雑誌が出版され、アンピール様式は国境をこえてひろまるようになる。つまり、雑誌におさめられた家具の図がルドルフ・アッカーマンによって評価され、彼がロンドンで1809年に発刊した芸術・文学・ファッション関係の雑誌に掲載されたのである。また、ドイツ語の出版社はアンピール様式の翻訳版をヨーロッパ大陸やスカンディナビア半島にひろめた。

しかし、このアンピール様式をさらにくわしく研究してみると、それぞれの国に特定の起源があることが明確になる。たとえば、アンピール様式をリージェンシー様式とよんでいるイギリスでは、皇太子(のちのジョージ4世)の建築家であったヘンリー・ホランドが1780年代から王宮や大規模な別荘で使用するために、アンピール様式と共通する感覚の家具をデザインしている。また、熱心な古典主義者で、美術品の収集家・鑑定家でもあったトーマス・ホープは1807年に「家庭の家具と室内装飾」を出版しているが、この本の図をみると、彼がギリシャやエジプトの影響を強くうけた古典主義様式を構想していたことがわかる。

アンピール様式は、スカンディナビア風・ドイツ風・イタリア風・ロシア風・アメリカ風の解釈がおこなわれるとともに、国際的な様式になった。古代の原型を19世紀の趣向にあわせるという基本概念はかわらないが、考古学的研究成果の影響が増大するのとは別に、そのスケール観において大きな変化があった。つまり、デザイナーたちは18世紀の初頭以降うしなわれていった巨大なスケール感覚をふたたびとりもどそうとした。人間的なスケール感覚を獲得するために巨大なスケール感覚はいったん縮小したのだが、それがまたもとめられるようになったのである。

ドイツ語圏では、アンピール様式は典型的な中流階級のものとされ、中流階級の趣味を風刺する漫画のキャラクターの名前にちなんで、これをビーダーマイヤー様式とよんだ。もっとも、この名前はアンピール様式が時代遅れになりはじめた1850年ごろにつけられたものである。ともかくどのような名前にせよ、アンピール様式は長続きした様式だといえる。1800年以前にはひろまり、そのあと19世紀の中ごろまで完全に姿をけすことはなかった。

アメリカでは、ニューヨークの家具職人ダンカン・ファイフが、1790年代から彼の店をしめた1847年まで活躍している。彼の作品は、新古典主義のさまざまなデザインをふくんでいるが、なかでも1800~20年ごろに製作された、軽快なプロポーションと考古学的に正確なディテールとが統合された特徴ある作品がよく知られている。


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